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 休みの日はまあ読書してるときもありますが、最近は専ら内田樹氏です(お前一体何冊読んでんだ、と言われそうですが、読むのが遅いのです。それだけです。5冊くらいです)。

 「街場のメディア論」ってのを読んでて、コミュニケーションの回路が立ち上がる際の過程を書いていたのですが、それは、
 「これは自分に向けられたものだ」もしくは「これは自分への贈与物だ」と勘違いし、それに対するリアクションもしくはお礼からコミュニケーションが始まる、というもの。

 もう目からウロコ(内田氏によって目からウロコさせられるのはもう何度目だろう・・)。
 僕が校において心がけていることの一つが「公平さ」である。従って僕が生徒に与えるものというのは量や質的に同じ(もちろん、生徒によっては「与えない」ことで「与えている」生徒もいる←出来る子の例だけど)である(つもりである)。しかし、受ける生徒側によってもちろん取り方が異なる。「はあ。」と言って気のない返事する子もいれば、「もう何コレ!いじめようとしてるでしょ?」となる子もいる。僕は公平に与えているつもりだ。その公平さに気付かず、後者は「私自身に向けられた嫌がらせ」と取る。どちらの場合にコミュニケーションが発生するかは自明の理である。
 こういった「これは自分に向けられたものである」と勘違いする能力というのは、上の場合だけでなく、生活全般に置いてコミュニケーションを発生させやすい。そりゃ行き過ぎれば大阪のおばちゃんみたいに、テレビで全国に向けられたものでも「私に語りかけてる!」と思い、芸能人を見れば長年の友達のように接するのであろうが、行き過ぎようが行き過ぎまいが、この能力こそがコミュニケーションを発生させる能力なのではないか、と内田氏は書いているのである。

 ぐおー。
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by swtgrlstrvllngbd | 2011-01-31 20:22
たとえば、いろんなことを何かのせいにして、
その後で「まあいいや」と放り投げる。
たとえば、みんな分かんないんだ、いいや俺だけでも、とか諦めたりする。
たとえば、誰かと話しているときに、うわあやっぱ一人がいいやと思ったりする。

異常にリアリティバイツが見たくなったり、ペイブメントが聞きたくなったり、ささくれだったギターの音を出してみたり、簡単なコードでポップなメロディを歌ってみたり。

そんなこんなが心地よくて仕方ない。くたばれノスタルジー!(うそよん)
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by swtgrlstrvllngbd | 2011-01-16 01:42