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+++ BGM in my room... +++
Ida / Rarities(who were you then) (2008)




 あーあー。聞こえますかー。意識の外のしゃべる頭(トーキングヘッズ)が僕に話しかけます。あーあー。
 その意識の外では、トーキングヘッズは僕を俯瞰するというか、「それでいいのか」と。
 僕より長くいた方はそれを停滞と感じ、耐えられないのだ、と言った。その人の視点を手に入れると、とても世の中が面白く映る。ビーチボーイズが僕に歌いかける"don't worry baby・・"
 その子はある日僕にこう言った"it's worthwhile when you feel happy."
 楽しいとか、幸せとか感じるならば、それだけですごく価値のあることなのだ、と。

 それに、、、それに成すべき事を何も成し遂げてはいない。

 ほう。自分で書いて、読んで、納得する。書くことでしかいろいろ考えられない性格。文字が燃料となって思考が働いていたりするのだろうか。そんな気もしないではない。

 こないだ、同僚のKさんと古墳巡りに行った。その前は熊本→佐賀→干潟。写真も撮ってるし、近々アップしよう。やっぱ連休はいろいろ出来るなー。

 GW(7連)の予定立て。前半あれして、後半これして、みたいな。前半と後半の隙を狙って関西いくのもアリやな。


"baby,by the evening we'll be laughing
just wait and see
all the changes there'll be
by the time it gets dark"
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by swtgrlstrvllngbd | 2009-04-24 02:54
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+++ BGM in my room... +++
原田 郁子 / ピアノ (2004)

 まあ、そんなもんだよねー。

 あー春だー。原田郁子の声って春だー。照明を落として、タバコ吸ってるから窓開けてて、こういう音楽聞いて、ちっちゃくて、素晴らしくて、物悲しい、スモール・ワールドさ。

 そんなスモール・ワールド的人種と、そんなスモールさなんて目に入らないような、これぞマジョリティ、ラージ・ワールド的人種と、そして世界を見渡せば文化も宗教も違い、そのワールドの構成物質から違うような人種たち。
 NHKでマヤ民族のことがあってて、彼らはなんとかっていう織物を織る伝統があるみたいで、それが結構色が綺麗で。その色自体に意味があるらしいの。緑が自然を表し、他の色もなんちゃらかんちゃら。そして赤が最も重要な意味を持ってて、それは先祖が流した血を表すんだとか。そして方角にも意味を持ってて、東は太陽が出てくるところ、光をもたらすところってことで、生命を意味し、西が暗黒をもたらすもの、死を表すと。
 まあ何が言いたいのかというと、ある人種には全く意味の無いものに、ある人種は非常に意味を見出していると。文化や宗教が違えば当たり前かと思うが、先に挙げたスモール・ワールド的人種とラージ・ワールド的人種にもやはり同じことが言えたりして。
 こちらがどんなに小さなメロディや、ひとつの音の素晴らしさを感じても、そんなもの気にもならないし、地味だ、ダサいと一蹴する人だっている。そんな些細なことにこだわってどうすんだ、と。エグザイルの名前知らんけど、なんか上半身裸で、下品な皮のベスト1枚だけ着てて、おそろしくムキムキで、サングラスをかけて、みっともないポーズをとっている写真を見せられ、「超かっこいいいいいいい」と言っている人種だっている。そんな人に「その画は知性のかけらもないね」と言ったところで、もはやそういう人は知性というものを求めてないのだ。
 例えば、僕の中で「知性」というのは結構重要なキーワードだったりするのだけれど、「知性というものが入ると、その世界の濃度が薄まってしまう」的考えの人だっているのだ。「ロックバンドにキーボードが入るのは、軟派になっていかん」という素晴らしくファシズム的、レイシズム的な考え方に似ている。
 中学ん時は意識しなかったし、高校・大学はそういう人たちを意識的に、そして生理的に排除してきた。そして周りは似たような価値観の人が集まっていた(当たり前のことか)。でも今はすごく多様な人たちと接触する。その人たちのバックグラウンドも理解する。「ああこういう性質になるのは必然なのだ」と思う。ヤンキーになる人はなるべくしてなるのだ。there is no choiceというわけだ。親が離婚しており母親は子供を食わすために働き詰めで、朝なんて起きもせず、小1から朝飯を作って、親が給食費を払ってないからと言ってばあちゃんからの小遣いから自腹を切って払う、というような環境で育ってきた連中は、楽しそうなことだったりラクそうなことがあればそちらに流れるのは、滝が上から下に落ちるように、すごく自然で当たり前のことなのだ。それまでに普通の子供が味わったことの無い苦労をしてきて、「さあ受験だ、勉強がんばれ」と言って出来る訳がないのだ。日常で擦り切れてしまってる。こういう子供ができるのは親、家庭のせいだ。子供は何も悪くない。どんな境遇であれ、親は子を育てる義務がある。離婚したのはてめえの都合だ。だから小1の子供に朝ごはんを作らせるのは身勝手の極みである。そりゃ中1で飲んだくれて、タバコを万引きするはずである。

 ある生徒のことを思い出してしまい、熱くなって脱線してしまったけど、まあ何が言いたいのかというと、いろんものを構築し、どんなに「この良さは普遍的である」と、強く思ったところで、それは全くのスモール・ワールドだ、ということである。それが通用する世界はこの広い世の中でとてもとてもとても・・・・・限られている。
 とても良い(と思っている)ものがあるとする。人というのは、その良いものは他の人と共感したいという感情がある。しかしその伝える人の人種、つまり価値観が違うとする。すると伝えられないし、伝わらない。では伝えるにはどうすれば良いかというとその人の人種を変えてしまうしかない、ということになる。これって極論じゃないと思う。もうこれしか方法がない、と思うのだ(だよね・・・?)。

 これを思ったときに、今のグローバリズムに少し同調してしまった自分がいる。それこそがグローバリズムだよな、と。インドではグローバリズムの波に飲まれて、サリーを着る人が激減しているらしい。これは欧米の機能的な洋服の良さが広まった結果、と取れる。「いや、絶対こっちのほうが動きやすいでしょー」の勝利である。過去日本の着物に起こったことと同じだ。
 欧米文化は、「我々が着ている洋服は機能的だし絶対に良い。是非広めよう」という思いでいるかどうかは分からないが、それが世界中に伝わっていることは確かだ。
 そうやって人種の違いをなくしたり、文化をなくしたりして価値観の統一を図らないと、物事の「良し」と「悪し」が決められないのだ。

 もちろん僕は文化は守るべきだ、という意見に賛成するんであろうが、それは他所の文化だからだろうか、とも思う。だって一方で僕は「自分が良いと思うものを他の人と共感出来たら」という思いがある。それとグローバリズムの根底と何が違うのだろうと思ったときに、ちょっと戸惑った。そのNHKのマヤ民族を眺めながら、絶望の淵をなぞりさえした。

 同僚のK氏が4月いっぱいで仕事を辞め、世界を巡る旅に出る。僕も彼みたいに、いろんなことをリセットしなくちゃいけないのかも知れない。この混乱の糸の端っこを掴みに行かないといけないのかも知れない。留まってちゃなんだかほどけそうにない気がする。

 「そんなことで悩まなくても」。分かって欲しいというのも確かだが、そんな意見も大いに結構。それぞ文化だ。
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by swtgrlstrvllngbd | 2009-04-16 02:28
 おおなんと気付けばこんな時間。

 ビール飲んで映画見てたら寝てて、起きたらなんか虫刺され見たいなってて、痒いんだけど、さわると痛いみたいな。いったい何に刺されたんだ俺・・・。

 最近は自分で髪を切るのがマイブームっていうか、1ヶ月前くらいに松田翔太の髪形見て、「うおーい」て思って、そん時ビールで結構ハイなってて、ハサミ片手にあんま考えずに刈り上げたら、なんだか上手くいってしまって、「美容室いらんくね??」みたいなって。美容室って結局自分の思ったとおり、っての少ないもんね、思い返すと。気に入らんくても細かく「ここもうちょっと」「あとさらにここをもうちょい」なんて言えないしさ。
 それに比べて自分だと微調整効く効く、あたりめーけど。
 まあでもロープーの目から見たら多分ダメダメなんだろうなーと。それで余計美容室行きづらいっつか。行きつけの美容師とはCDR交換したりする仲だったりするんだけど、かれこれ半年以上行ってない・・。
 その代わり最近は近年稀に見るグッドヘアスタイルライフ(そんな言葉あんのか)を送っておる。


 最近は受験もなくなり超久しぶりにゆったりな時間を過ごしておるのだが、ゆったりといってもカリキュラム作ったりとか細々した作業はあるのだけど、なんかあれだなーって。やっぱ授業とか、直接生徒に対応するものじゃないと実感として薄いっつうか。そういう細々した作業しつつ「なにやってんだ、おれー」みたいなモードになる。そういう仕事こそ責任者の仕事なんだけど。なんか仕事してない感があるっつうか。「こんなんで生徒のためなってんの??」みたいな。
 んで今日はPから会議の時に振られた仕事(今年から始まるあるプロジェクトに関するもの)を進めていて、出来たものをPと県責に見せて、県責にはOKもらって「力ついた」なんて誉められたけど、やはりPには少し言われて、彼の視点というのは、「その今年から始まるプロジェクトによって自分の仕事を減らす、もしくは効率化を図る」ものであって、その意図を隠そうとして僕に伝えているんだけど、その意図はもう丸見えで。
 でも、確実に、「そうすることによる利点」というものもあるわけで、僕はそこに頼る感じで彼の意図を汲み取り(彼は曲がりなりにも自分の理論を構築してるし、彼がこうと思ったことは、ちゃんと根っこまで繋がってんだなと今日確認)、さらにブラッシュアップしていったのだけど、なんせ「指示がおせーーーーーーーーーーーーーよ」っていう。しかもその指示、難易度高いっつうか、抽象と具象の距離がたんまーーーーりとある感じで(でもその距離を縮める作業は村上春樹が好きなだけに結構好きなんだけど)、それを形に、しかも分かりやすくする作業に超時間がかかって、結局1時近くまで頑張った。でも出来た物を見ると、「分かりやすくする作業」というのを通過してるだけに、「すっごい回り道して、なんかスタート位置付近に落ち着いた」的な感じというか。ちょとコレはさすがに第三者に判断してもらわないと、自分が納得してしまうためにはもっと小難しい内容にしてしまいそう・・・。
 こんな遅くまで頑張ったのも、4月からわたくし連休スタイルなんですね。2日居ないから、今日中に仕上げたと、そういうわけ。すげえ時間にメール送ってるから、何か言われるやろなーー。
 まあいいや。俺は今から春ど真ん中の2連休ってわけ。いえーい、ぱんだ。

p.s.
 MINIまぢ買いそーな雰囲気・・
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by swtgrlstrvllngbd | 2009-04-12 06:33